概要
胎児は胎盤を通して母側から酸素や栄養分を受け取り、老廃物を母体側に渡すが、胎児と胎盤をつないでいるのが臍帯である。出生時の臍帯は太さが2cm,長さが50-60cmほどで、臍帯には2本の臍帯動脈と1本の臍帯静脈が流れているが、その血管内の血液が臍帯血で[1]40ml〜100ml程度の量がある[2]。移植に使われる臍帯血は出産後に胎盤や臍帯内に取り残された胎児血を採取保存したものである[3][4]。以前には出産後に臍帯や胎盤とともに破棄されるものだったが、1980年代前半に臍帯血には造血幹細胞が含まれることがわかり、1988年、臍帯血を使った最初の移植医療(Gluckman博士らによるFnconi貧血児への移植)が行われ、その後各地で臍帯血バンクが設立され1993年以降バンクを通して白血病などの疾患への移植医療が各国で行われている[5][6]。
出産後、臍帯は新生児からは切り離され、胎盤もまもなく娩出(後産)される。そのため出産後、新生児から切り離された後の臍帯から血液を採取しても、新生児や母体にはなんら影響はない[7]。
臍帯血に含まれる造血幹細胞移植は骨髄移植や末梢血幹細胞移植と並ぶ造血細胞の移植術であるが、臍帯血は骨髄や動員末梢血幹細胞に比べると造血幹細胞の数が少なく、生着率は約 85% とされ[8]HLA 適合度が低いと造血の回復が遅いデメリット(移植初期の失敗が多い)はあるが、適切に保存された臍帯血は短期間で移植が可能で、造血幹細胞が一旦生着し安定した造血が始まると骨髄や動員末梢血幹細胞による造血よりも移植片対宿主病(GVHD)が少ないメリットがある。移植片対宿主病(GVHD)が少ない為にHLAが完全一致でなくても移植が可能でありより少ないドナープールでドナーを見つけられる。造血細胞数が少ないために、臍帯血移植が始まった当初は、移植先は小児が多かったが、近年では大人への移植も多く行われている[5]。
2006年には秋篠宮妃紀子が悠仁親王を出産した際に、悠仁親王の臍帯血を公的バンクの一つである東京都赤十字血液センターさい帯血バンク(2012年現在の日本赤十字社関東甲信越さい帯血バンクの前身)に提供している[9][10]。
性質
出生時に臍帯に取り残された胎児/新生児血である臍帯血は、個体差は大きいものの平均値で成人の末梢血と比べると赤血球がやや大きめで血液の濃さはやや濃い目である。白血球も成人の末梢血中の白血球より多く、成人の末梢血ではほとんど見られない造血細胞も臍帯血では見られる特徴がある。
個体差があるため検査施設の報告により数字に差はあるが、一つの信頼できるデータでは臍帯血の平均値として赤血球数470万/μl、ヘモグロビン(Hb)16.5g/dL、ヘマトクリット(Ht)51%、平均赤血球容積(MCV)108fL、白血球数1.8万/μl、好中球数1.1万/μl、リンパ球数5500/μlであり、体積あたりの赤血球の数は成人とあまり変わらないものの、赤血球一つ一つの大きさが108fLであり、それは成人の90fLより大きい。そのために臍帯血はヘモグロビン(Hb)値やヘマトクリット(Ht)値が成人の末梢血より大きく、つまり臍帯血は成人の末梢血よりやや濃い目の血液といえる。(ただし、それは正常な時期に出産された新生児の数字であり、早産児では赤血球は大きいが、数は少なく貧血の早産児が多い)白血球も成人の基準値上限のおよそ2倍程度の数である。血小板数は個人差が大きいものの成人と同じ範囲内におさまる。従って、新生児は多血気味が多く、取り残されるはずの臍帯血が取り残されずに新生児に流れ込むとさらに多血気味になりうる[11][12]。出生時の臍帯血の赤血球中のヘモグロビンの60-80%は胎児型ヘモグロビンFであり、成人型のヘモグロビンAは少ない[13]。
新生児の臍帯血の量は、個人差は大きいものの、体重3Kgの新生児でおよそ100ml程度である[14]。
臍帯血中の有核細胞数は4-6億個の物が一番多く約3割、6-8億個の物も約3割、8-10億個が3番目で約2割、10億個以上のものが1割強である[15]。体の大きい成人への移植には8億個以上が必要とされている[16]。有核細胞に含まれるCD34+細胞(造血幹細胞を含む若い造血細胞)は成人の末梢血ではほとんど見られないが、臍帯血では0.2-0.5%の範囲でふくまれるものが多い[15]。
治療への活用
白血病などの難治性血液疾患の根本的治療のひとつである造血幹細胞移植において、造血幹細胞の供給源として骨髄および幹細胞動員末梢血などと同じく移植ソースの一つとされる。臍帯血は、細胞提供者(ドナー)の負担がなく、HLA2座不一致[註 1]でも移植が可能なことなどから、造血幹細胞の有力な供給源と考えられている[5][6]。
問題点としては、臍帯血に含まれる造血幹細胞の数が骨髄や末梢血動員幹細胞に比べて少ないために、生着不全(造血幹細胞が定着しないこと)の確率が骨髄・末梢血動員幹細胞に比べて高いことや、造血の回復が遅いことがあげられる。含まれる造血幹細胞数の多寡が移植の成否を分ける重要な要素となるため、採取された臍帯血の全てが移植に利用できる訳ではないこと(採取された細胞数が少ない場合は移植には用いられない)、特に成人の患者への適応症例はまだ多くはなく、骨髄移植に比べ知見が少ないことなどもあげられる[5][6]。
が、造血幹細胞数の少ない臍帯血も、幹細胞を増殖させた上で移植したり、複数人の臍帯血を一緒に移植する「カクテル移植」が試みられるなど、問題を克服する努力も行われている[17][18]。
近年、造血幹細胞以外の体性幹細胞である間葉系幹細胞が臍帯血中から見出された。これまで間葉系幹細胞は骨髄中に存在することが報告されていたが、骨髄だけでなく臍帯血も間葉系幹細胞の供給源として、骨や軟骨の組織工学的修復あるいは再生医療への臨床応用へ適用できる可能性が示された。さらに、神経細胞や肝細胞、上皮細胞など、より広範な組織への多分化能を有する前駆細胞の存在も示唆されており、世界各国で熱心に研究が進められている[19][20][21][22][23]。
臍帯血移植の対象となる疾患
急性リンパ性白血病・急性骨髄性白血病・慢性骨髄性白血病・若年性骨髄単球性白血病・骨髄異形成症候群・悪性リンパ腫・多発性骨髄腫・副腎皮質ジストロフィー・骨髄巨核球造血不全性血小板減少症・先天性赤芽球癆・Fanconi貧血・遺伝性ニューロパチー・Hurler病・Hunter病・再生不良性貧血・重症先天性好中球減少症・サラセミア・X染色体性リンパ増殖性症候群など[24]
早期に移植が必要な場合は臍帯血を積極的に検討する(骨髄移植はドナーの選定・調整に時間を要する)。ただし、感染リスクの高い患者や抗HLA抗体が存在する場合、幹細胞の生着が悪い疾患(再生不良性貧血など)、骨髄移植が良い成績を上げている疾患(慢性骨髄性白血病など)などでは臍帯血より骨髄移植を優先する[24]。
造血幹細胞ソースとして各ドナーソースとの比較
血液の元になる造血幹細胞は成人では骨髄の中に存在し、1960年代から白血病などの治療で失われた造血機能再建に骨髄移植が行われてきた。その後研究が進み、2012年現在、造血幹細胞のソースとしては骨髄の他に、末梢血動員幹細胞、臍帯血がある。
臍帯血移植は骨髄移植や末梢血動員幹細胞移植と比べると初期の治療関連死は多いが、再発率と移植片対宿主病(GVHD)の発症頻度は低く、全体としては無病生存率はほぼ同じである[25]。
- 末梢血動員幹細胞移植 成人に顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を投与するとドナーの造血幹細胞が刺激されて、血液(末梢血)に大量の造血幹細胞が出現する。その大量の造血幹細胞が出現しているドナーの血液を採取し造血幹細胞を含む成分のみを取り出し、残りの赤血球や血漿はドナーに戻す。末梢血動員幹細胞移植では骨髄からよりもさらに多くの造血細胞が取れ造血の回復が早いというメリットがあるが、ドナーにG-CSFの副作用の恐れがあることと、患者に慢性GVHDが強い傾向があるというデメリットもある。G-CSF投与で採取された幹細胞は分化した傾向の物が多く、一生にわたる超長期的な造血の維持が出来るかについては疑問がもたれている[26][27][28][29]。
造血幹細胞は胎児の血液(末梢血)中にも存在するが、1980年代には臍帯(へその緒)および胎盤の胎児側血管のなかの血液中にも造血幹細胞が含まれることが明らかになった。臍帯血に含まれる造血幹細胞は成人の骨髄中の造血幹細胞より未熟で、つまりより若い細胞であることが確認されている。その為に一旦生着して血球の回復が軌道に乗れば成人から得た造血幹細胞よりも高い造血能力があると考えられている。また、臍帯血中のTリンパ球はより未熟で移植患者を異物と認識して増殖する力が弱く、その為にHLA型が完全一致していなくとも(成人から得た移植ソースに比べ)移植片対宿主病(GVHD)が重症化しにくいと考えられている[27]。ただし、骨髄や末梢血動員幹細胞に比べると細胞数が少ないために幹細胞の生着不全のリスクがあること、造血の回復が遅いことが不利な点としてあげられている[30]。
細胞数や造血の回復の早さ・生着率では、末梢血動員幹細胞>骨髄>臍帯血。細胞の若さでは、臍帯血>骨髄>末梢血動員幹細胞となる。慢性GVHDのリスクの大きさも末梢血動員幹細胞>骨髄>臍帯血となる[26][27][28][29]。